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2006-07-21 Fri 07:37
昨日の朝のこと。
寝ているかずきを見ていたら薄く目を開けていた。それも片方だけで白目。 じーーーっと見続けていたら気配を感じたのか黒目が出現。目を覚ましているのか疑うほど、目を少し開けしきりに眼球を動かしている。・・・・おもしろい。( ̄m ̄〃)ぷぷっ! 本当に見えているのかも・・・と思い、かずきの顔のすぐ前でおもしろい顔をして見せた。 3分ほどそんなことをしていたのに眼球が動く以外、何の反応もない。 やっぱり寝ているのか・・・。あきらめて夫の弁当を作りに台所へ・・・すると、かずきの泣き声が聞こえた。急いで様子を見に行くと 「怖い夢を見た。おばけが・・・」ヾ(-д-;)ぉぃぉぃ、私はおばけかい! |
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2006-07-19 Wed 15:33
「チ〜ン!」と、今日も私の心の中で鐘が鳴る。
毎日トイレ掃除をして、その後は必ず蓋をする。それを続けていると臨時収入があると弟から話を聞きました。トイレ掃除ぐらいで収入があるんだったら・・・と思って「じゃあ、やってみるわ」と答えました。 すると、「掃除するだけじゃダメなんだよ。愚痴や悪口なんかは一切口に出してはいけない。怒鳴るのもダメ。それらを口にすると、チ〜ン!、そこで終わり。最初からカウントしなきゃダメ」と続きがありました。 「えーっ!!それ無理やん!!」 「無理だと決めつけてしまってはダメなの」 ・・・・・・・・ということで、始めましたトイレ掃除。しかし、毎日のように「チ〜ン!」と鐘の音が聞こえてきます。そう簡単にはお金持ちにはなれないようです。 そこでひとつの情報を入手。 愚痴や悪口言った後に、今のは嘘!、今のは冗談! と言うとリセットできるらしい。 う〜ん・・・毎日、子供を叱っては(怒っては・・・のほうが正しいかも)、「今のは冗談よ〜♪」と気持ちが切り替えられればいいのだが・・・ でもね、実践している弟には臨時収入や仕事がらみのいい話が急に舞い込んできているからな〜。頑張れば次のボーナスは期待できるかしら・・・、いや、顔晴れば・・・ |
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2006-07-19 Wed 15:17
夏休み前に個別懇談があり、テストの束と算数だけの通知表をいただいて帰ります。
今年は・・・引き算がすべて△でした。 そうよね、お母さんだって家計簿つけながら引き算するのいやだもんね。引いてばかりだと気が遠くなっていくものね。わかるわ〜、よしきのその気持ち。 去年の算数のテストは赤色の大雨だったわね。「適当に書いた」という我が子らしい返事に、お母さんは何も言えなかったわ。 すると先生 「夏休みは今まで勉強して苦手なところをもう一度振り返るチャンスだと思います」 過去は振り返らないと決めていますから・・・・ |
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2006-07-11 Tue 15:22
雨が降る日曜日は家の中がとてもにぎやか・・・と言うよりも「うるさい」と言ったほうが合っているかも・・・。
昨日もエネルギーが有り余っている息子たちがプロレスやかくれんぼをして大暴れ。この狭い家のどこに隠れるんだろう、と思っていたらやっぱりすぐに見つかって次は鬼ごっこ・・・捕まえられるとプロレスに変わっていく。容赦ないそのごっこ遊びをしている横でパソコンをする私、朝5時から消防の訓練があり疲れて寝ている夫。 うりゃ〜!! バシーン!! ドシーン!! ガシャーン!! とりゃ〜!! ドテッ! 痛いなぁー!! 何するんや!! かかって来いよ!! うーん、静かにしてほしいんですけど・・・ するとかずきの声が・・・ 「まってぇ〜、あなたぁ〜、あなたぁ〜」ヤケに色っぽい声を出してよしきに抱きついている。 「気持ち悪いでやめろー!!」と笑いながらも必死に抵抗するよしき。 かずき、それはやめてよね。お母さんがお父さんをそうやって追いかけているみたいじゃないの!!そんな風に追いかけたことないんだからやめてよね。追い詰めたことはあるけどさ・・・(こっちの方が問題ありかも) |
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2006-07-09 Sun 10:03
7日にかずきが通う岐阜市民病院小児病棟で七夕会がありました。
バルーンアートをしていただくため、、モスバーガー岐阜大学前店で知り合った店員の遠山さんと大垣東店からOさん(実名を出していいのかわからなかったので伏せました)に来ていただくことができました。おふたりは土日に大垣東店でバルーンを作っていらっしゃるそうです。 七夕会前日にクリーンルームで治療中のお子さんのママから「クリーンでも見せていただけないでしょうか」とメールがありました。入室制限のあるクリーンには入れないかも・・・と返事をしたものの、かずきが入院していたときにこうやってバルーンを作ってくれる人が来てくれたら・・・と思っていたのを思い出し、先生に話してみました。ダメですという返事だろうと思っていたら「いいですよ」とのこと。 看護学生さんたちによる出し物で盛り上がっている間に、クリーンルームの子どもたちに風船のプレゼント♪小学生のお子さんは一緒に作り、ちいさなお子さんには作ったものをプレゼント。最初は見知らぬ人たちの入室に驚き戸惑った様子でしたが、一緒に作るうちに子どもたちの笑顔を見ることができました。そしてあっという間に時間が過ぎてしまいました。 テレビで観たことのあるクリニクラウンをこの病棟に呼べないかとずっと考えていました。まだクリニクラウンの数も少なく継続して訪問することにも意味があるようなので、いろいろなことを考えるとやっぱり無理かな、とあきらめていたところでした。 お二人のバルーンアートを観て喜ぶその様子は、テレビで観たクリニクラウンと目を輝かせる子どもたちと同じでした。七夕に私の願いがひとつ叶いました。本当は息子たちも連れてきたかったのですが、感染の心配と看護師さんにつきまとってばかりのかずきが一緒では大変ということで今回はお留守番でした。でもお土産をたくさんいただいて帰ったので大喜びでした♪ そして七夕会本番。 おふたりにすべてお任せし、私は裏方へ・・・よかった、ひと安心。自己紹介の後にバルーンアートの説明をして、みんなで教えてもらいながら作りました。あちらこちらでパンパン割れていましたが、看護師さん、看護学生さん、お隣の耳鼻科の患者さん、親御さん、そして子供たちもみんなが夢中になって作りました。大人よりも子供のほうが、怖いもの知らずで簡単にくるくるとねじって作るんですよね。みんな上手にできましたよ♪ 、モスバーガー岐阜大学前店の店長さんより鏡とキーホルダーを全部で100個、入院中のお子さんにセットでプレゼント♪みんなとても喜んでいました。白井店長さん、ありがとうございました。 ボランティアで・・・ということでお願いをしたのですが、まったく何もなしでここまで来ていただいたのですから、せめて交通費や駐車場代だけでも・・・ということで自腹でほんの少しお礼をしようとしたのですが、「モスが地域社会でのボランティア活動として行っているものなのでお気遣いなく」ということでした。モス万歳!!(←ひまわりさん、同じね♪)ありがとうございました。 お忙しい時間帯に二人もお店を抜けることになり、そのことを承諾し配慮していただいた白井店長さん、病気と闘う子供たちに風船と夢をプレゼントしてくださいました遠山さんとOさん、そしてそのような活動をしている(株)モスフードサービスに心から感謝しています。ありがとうございました。 今回使った風船は鈴木ラテックスのペンシルバルーンです。風船はかずきのおばあちゃんからの寄付です。お母さん、ありがとう。(ダイソーに、この会社のものではありませんがペンシルバルーンやポンプがありましたよ♪私はそれを使っています) ![]() |
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2006-07-05 Wed 11:50
この時期になると思い出すことがあります。天国にいる彼のことです。
当時のつらい話と、夫と出会った経緯について書きました。 14年前、高校3年生だった私はバイクの免許がないものの、休日になるとバイク仲間のいる場所へと自転車で出かけていきました。危ないからと大反対する母を押し切り反抗して出かけていました。将来の夢も希望もなくただ目の前の道を歩かされているような自分の前で、疾走する彼らの生き生きとした姿がとても魅力的でした。 そんな彼らに魅せられ始めたカメラマン。「走り屋」と呼ばれる彼らはバイクのレーサーのような格好で、コーナーを見事に駆け抜けて行きます。「彼」もまた同じでした。私と同じ年の彼はいつもみんなの中心にいるような人でした。中学校を卒業してすぐに働き始めた彼はバイクと走ることが大好きで、毎日のように走りに行っていたと、彼のお母さんに聞きました。 6月18日、彼の誕生日前日に同じチームの仲間がバイク事故で亡くなりました。右折するトラックに巻き込まれたそうです。17歳という若さで天国へと走り去った彼は、まだビデオの中で微笑み続けてくれてます。 彼と知り合って3ヵ月半になる七夕前日、私は彼に自分の想いを告げました。あなたが好きです、と・・・。すぐには返事がもらえなかったものの、たくさんの約束をしました。「レースに出るから、一緒に行って写真を撮ってほしい」彼を写すために買った一眼レフカメラ。自分の気持ちを伝えたことで、彼だけを追い続けることができます。 その後・・・・・・私は夢を見ました。彼のお葬式の夢でした。 バイク仲間が集まっているその場所はどこかの家で黒い幕がかかっていて、その先には位牌も見えました。「だれのお葬式?」と私が聞くと「○○(彼)のだよ・・・」誰かが静かに言いました。ハッと目が覚めたときには大粒の涙。息苦しくて心臓が破裂しそうなほどでした。嫌な予感はその日ずっと心に残ったままでした。不安になって夜、彼の家に電話をするとお母さんが出て「またバイクに乗ってでかけちゃったのよ」そうだよね、そんなわけないよね、と自分に言い聞かせながら受話器を置きました。 悪夢を見たその週の日曜日は梅雨明け宣言され、大きな雲がいくつも浮かんだ青い青い空が広がっていました。いつもの場所で仲間の到着を待つ私の目に、バイクに乗った彼が映りました。ジュースを買って、いつもは私のところへ来て挨拶を交わすのに、その日は走りたくてウズウズしていたのか私の前をゆっくり走っり、嬉しそうに頭を立てに振って「早く来いよ!」そのまま行ってしまいました。 そして15分ほど過ぎたころ、私は彼が走っている場所まで仲間とともに向かいました。 そこには大きな人だかりが・・・。また事故なの!?そう思いながら人をかきわけて輪の中に入ると、彼が紫色の唇をして倒れていました。「脈が止まっている・・・息もしてないんだよ・・・」全身が震え涙があふれ、言葉が出ませんでした。からだを揺すっても目を覚ましてくれませんでした。 救急車が到着し、私たちも救急車の後ろに着いて走り病院へと向かいました。 大きな機械が次々に救急処置室に運びこまれました。どれほど待ったでしょうか・・・とても長く感じられました。処置室の扉の前の廊下に座り込み必死に祈りました。彼のお母さんが私の手を握り「ごめんね、ダメだったわ・・・」私の大きな泣き声が、薄暗くて静かな長い廊下に響き渡りました。 彼のお通夜もお葬式も出席しました。たくさんのバイク仲間も集まりました。 棺の蓋をして開かないように石で釘を打つのですが、私にはどうしてもできませんでした。みんなの後ろに隠れていると、彼のお母さんが私を探して石を持たせてくれました。そして最後に彼のお母さんと釘を打ちました。でも私は引き抜きたかった・・・・・ バイク仲間で棺をかついで式場となりの火葬場へと運ぶときも、一緒に運ぼうと仲間に背中を押されたものの、棺を叩いて彼を起こそうとするばかり。炎の中に入れられたときも彼がまだ生きているんじゃないかと思い、なんて残酷なことをするの!!と泣き叫びました。私には彼の死をどうしても受け入れられなかったのです。 彼のお父さんと一緒に、彼がお骨になるのを待ちました。ご家族の方と一緒にお骨も拾いました。それでもまだ彼が死んでしまったことを信じることができませんでした。 つらい毎日が続きました。夏休みに入り気を紛らわすこともできず・・・ 彼はカーブを曲がり損ねて転び、対向車線にあったバイクを起こそうとしたとき別のバイクにはねられ、肋骨が折れて心臓に突き刺さったそうです。即死でした。 そしてその相手というのが、別のバイク仲間の幼馴染だったことをあとで知りました。「ごめん・・・俺の幼馴染がお前の好きな人を死なせたんだ・・・」どうしてこんなところでつながってしまうのだろう・・・。 もうみんなといることや事故現場になってしまったホームコースに行くことはつらいから・・・。引きこもりがちな私に手を差し伸べてくれたのはずっと一緒にいてくれたバイク仲間でした。「俺たちの写真を撮ってくれよ」 ファインダーをのぞきながら探してしまう彼の姿・・・彼らは私が泣きそうになるといつも笑わせてくれました。私よりも彼とのつきあいが長いのに、私の前で暗い表情をすることは事故当日以来ありませんでした。彼らの支えがあったからこそ、こうして歩んでくることができました。そして14年が過ぎても、お互いに結婚して子供ができて家族ぐるみのおつき合いができるのも、天国にいる彼と仲間がいるからだと思っています。 私の誕生日は彼の四十九日でした。悲しいプレゼントね・・・いつまでも暗い私でしたが、同じ高校の友達の言葉で私の人生が大きく変わりました。 「彼のために彼の意志を継いでバイクチームをつくればいいじゃない」 彼の名前を一文字もらって女の子6人で結成したバイクチームは、1年ほどで全国に60人ほどのチーム員を抱えるほど大きくなりました。私の活動範囲も広がり、県外へと出かけるようになり、私がワープロで作ったミニコミ『ROAD』も110人の手に渡りました。その中の一人に私の夫がいたのです。 ミニコミを読んだ感想や自己紹介を便箋5枚(もっとあったかも・・・)にびっしりと書き綴り送ってきました。男性でこのような反応をした人は初めてだったのでとても驚きました。 夫は私のまわりにいるバイク仲間とはまったく違うタイプの人でした。驚くようなことばかりしてくれます。バイクはNSR50、車は走り屋仕様のK'sのシルビアに乗っていたのですが、助手席を取り払ってバイクを載せていたのです。ちがった意味で「みんなの注目の的」でした。 そんな夫はバイク雑誌で私のことを知っていて、さらに「会ったこともある」と・・・・ん!!?そんな記憶ないんですけど・・・。どうやら半キャップ(頭すっぽり隠すヘルメットではなく半分だけのもの)で走りに来ていたところを私に「危ないでしょ!!ちゃんとフルフェイスをかぶりなさいよ!!」と注意されたことがあると・・・。そうでした、そんなこともありました。 母性本能をくすぐられ結婚してしまったわけですが、こうして夫と出会えた(出会ってしまった、というのが正しいのか・・・)のも、彼が亡くなって私に遺してくれたものがあったからだと思います。 それまでは彼の姿を追い求めて誰かを好きになっていましたが、夫は彼と比べたりすることなく好きになった人でした。夫はミニコミ誌やバイク雑誌で私と彼のことを知りながらも、解散しつつあった私のチームをもう一度復活させるため、同じチーム名で新たな仲間を増やしていってくれました。 病気でお子さんを亡くされたご家族の悲しみとはまた違うのですが、同じような悲しみにすこしでも寄り添うことができれば・・・そして、私が一番の支えとなった「仲間」を見つけることができればと思い、HP「天使になった子供たち」を立ち上げました。 生きることを考えるとき、まずは死を見つめることが大切だと思います。焦ることはありません。恐れることなく死というものを考えられるようになったときでいいのです。 だれでも死を迎えます。それは決して避けることのできないものです。それが遅いか早いか、いつなのかはわかりません。死と直面したとき、忘れないでほしいこと。それは あなたは生きてください。悲しいときはたくさん泣いてください。 あなたを支えてくれる人が必ず現れるから。 ゆっくりでいいのです。 焦らなくていいのです。 忘れようとしなくていいのです。 まとまりのない日記になってしまいましたが、かずきの病気を通してみなさんと知り合えたことは私の宝ですし、その中で気づいたことを変えていければと思います。みなさんの勇気ある行動に私は感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございます。 |
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2006-07-03 Mon 14:22
今週金曜日の7日に、岐阜市民病院小児病棟で七夕会があります。
去年の七夕会はみなくんママが先頭に立ち、手遊びやゲームをしてくれましたが、今年はすでに退院されているため出し物がありません。親の会の世話役さんもお忙しいとのこと。みなくんママが続けてきてくれたママたちの出し物を終わらせるのもさびしい気がして・・・。 そこで、以前モスバーガーで出会った遠山さんにお願いしてバルーンショーを企画。看護師長さん、七夕会担当看護師さんにも許可を得ることができましたので、2時半から3時の七夕会で行います。 遠山さも当日はお仕事だったのですが、モスバーガー店長さんが快くOKを出してくださいました。本当にありがとうございました。子供たちもきっと喜んでくれると思います。 でも・・・私は人前で話すのはとっても苦手です。子供たちだとさらに緊張・・・どうしよう。遠山さん、よろしくお願いします。私もがんばって作ります!! |

